株式会社CAMPFIRE
代表取締役社長
家入 一真

家入 一真 プロフィール

1978年、福岡県出身。 「ロリポップ」「minne」など個人向けサービスを運営する株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ)を福岡で創業、2008年にJASDAQ市場最年少で上場。退任後、2011年クラウドファンディング「CAMPFIRE」を運営する株式会社CAMPFIREを創業、代表取締役社長に就任。他にもBASE株式会社の共同創業取締役、エンジェル投資家として80社を超えるスタートアップへの投資・支援、現代の駆け込み寺シェアハウス「リバ邸」の全国展開なども。 2018年、シード向けベンチャーキャピタル「NOW」を設立。第一号として、最大50億円規模のファンドを組成。生きづらさを抱える人の居場所づくりや、「やさしい革命」を合言葉に、テクノロジーによる社会のアップデートを人生のテーマに活動中。

目の前にある事業計画より
あなたは誰なのか
原体験は何なのか

桐谷

連続起業家として最年少でのJASDAQ上場、そしてリバ邸、GMOペパボの上場から社長を退任されて現在にいたるまでの経緯を教えていただけますか?

家入

起業前に何度か就職経験があるんですがうまく馴染めず、僕は誰かが作った会社で働くのってできないんだなとある意味絶望していたんですが、でも稼がないといけない。それなら自分でやるしかない、じゃあ人と会わずにできる仕事って何だろうと考えたらインターネットでした。自分が使いたいけどまだ世の中に無いようなものを作ろうと思ってロリポップというサービスができて、それが順調に大きくなってGMOグループから声をかけていただいて株を半分イグジットして東京に出てきました。
東京に出てみて同世代の起業家がこんなにいることを初めて知りました。福岡にいたときはずっとオフィスに引きこもっていましたし、そういう出会いが本当に無かったのでとにかく刺激を受けましたね。みんなIPOを目指しているし、僕もGMOの中に入ったとはいえペパボを単体で大きくしていきたいという思いがそこで初めて生まれてきて、29歳でIPOしました。

ただIPOを目指す過程の中で、カフェの経営とかエンジェル投資とか、やりたいことが色々と生まれてきてしまって。それらが広がっていく一方で、IPOした会社には色んなことに制限がかかっていく。それを感じたときに、僕はある程度自分の役割は終えたのかなと思って社長を譲って自分は抜けました。いざ抜けてみると上場したときのイグジットやGMO時代に個人に入ったものもありましたし、家がすごく貧しかったのと10代をほぼ引きこもりで過ごしたというのが相まって、たくさんの人たちと飲むってすごい楽しい、という方向に行っちゃったんですよね。でも投資の話とかお金の貸し借りの話も含めて色々とやっていたらあっという間にお金が無くなってしまって、自分は何やっているんだろう、と気付いたのが30代前半のことでした。ついには帰る場所もない状況になってしまったんですけど、そんな時に僕の経歴からなのか社会からドロップアウトした学生や社会人が気付いたら僕の周りにわんさか集まってて。

そういう人たちをただ集めて今までのように会社という形にしてしまうと前と同じことになってしまう。だったら会社という組織を敢えて作らずに有機的な繋がりで、ある人は学生、社会人、シングルマザーといったそれぞれの今いる場所且つお互いの時間の配分の中で一緒にサービスを作ってうまくいったら分配、というようなLivertyというチームを作ったんです。そして今度はそこで集まった人たちが住む場所がない、ということで"現代の駆け込み寺"としてリバ邸を作った結果、次々とドロップアウトした人たちが集まり始めてどんどん広がっていきました。

株式会社CAMPFIRE 代表取締役社長 家入 一真
桐谷

「リバ邸」から起業家も誕生しましたよね

家入

そこから起業家を生もうとは全く考えていなくて、ただみんなで集まって「こんなサービス作ったよ」とか「アプリ作ったよ」が楽しいという感じだったんですが、いざそういう場を作ってみるといろんな起業家が生まれて、「場」として機能していておもしろかったので全国に増やしていきました。

CAMPFIREは、もともと自分自身が引きこもりの時に油絵をやっていて、画家として絵で食べて行くのを夢見ていた時期があって。画家にはなれなかったけど、なれなかった自分だからこそできるプラットホームがあるんじゃないかというのが原点です。クラウドファンディングという新しい資金調達のかたち、地方にいる個人がお金が無くて声を上げたくてもできないような人でも、上げることができるかもしれない。そういったプラットホームとしてクラウドファンディングをやるのは僕以外いないんじゃないかと思って立ち上げて今に至っています。

桐谷

家入さんはIPOもバイアウトもどちらも経験されていると思いますが、起業家のイグジットについてはどう考えておられますか?

家入

社会起業家よりのNPOに近い企業や、最初からIPOやバイアウトを目的にしているサービス、イグジットは一切しないと明言してる人など様々なタイプの起業家に出資してきました。その中で、エクイティでファイナンスする以上は何かしら投資家に対してリターンというものを提示しなければならないじゃないですか。僕だけならまだしも、複数のエンジェルから集めていたり、VCが入っていたりするとイグジットに対する圧力というものがだんだん強くなってくるわけですよね。
そんな時にそのプレッシャーに負けてしまうような子たちが一定数いたりするんですよ。だから最近はそういうビジネスモデルだったらそもそもエクイティで調達しない方がいいかもね、というようなアドバイスをするようになりました。僕が出してしまった後、最終的に他のところからファイナンスしていく中で疲れてしまうケースも過去に多かったので、まず入口のところでどう調達を考えるか、というところからアドバイスをしています。

20代半ばくらいに一度バイアウトをしてその資金を元手にもっと大きなビジネスをやりたいと考えている子もいるし、まずは事業を作って売却してエンジェル投資家になりたいって子もいる。僕が福岡で起業した頃だと上場もバイアウトも知らないような感じでただ目の前のサービスを運営してみんながご飯食べられたらそれでいい、という感じだったけど、今ではそうやって出口が多様化しているのはいいことだなと思いますね。

株式会社CAMPFIRE 代表取締役社長 家入 一真
桐谷

出資判断をする際にポイントとしていることは何でしょうか?

家入

目の前にある事業計画というよりは、あなたは誰なのか、原体験は何なのかというところから入っていきます。そこで原体験や思いが強かったり、この人だからこそ意義があることをやろうとしているかどうかをベースに投資をしています。

採用も同じだと思うんですけど、やはりビジョンとかミッション、行動指針に齟齬がないかを念入りに確認することは大事だと思いますね。スキル不足や経験不足はお互い情熱とかやる気があればどうとでも乗り越えていける。でも自分はこういうことを大事にしてこの会社を作ったっていう思いの部分は、入口で間違えてしまうと最終的にお互い辛い状況になってしまいますよね。投資も明らかにリターンが出そうでいいなと思っても、そこにある起業家の思いが僕にとって受け入れられない場合には、これは僕が投資すべきじゃないんだろうなって思いますし、実際に断ったことも多々あります。何を大事にしているかということを自分の中で持つことが大切なんだと思います。

インタビュアー 桐谷晃司

1964 年大阪府生まれ。関西大学を卒業し1991年人材コンサルティング会社の創業に始まり、3度の起業、1度の倒産、2度の事業売却を経験。2001年にインターネット関連会社・デジパ株式会社を創業し、社員10名以上が起業するプロ集団に。
2010年より南房総にNPO法人あわ地球村を設立し「半農半起業家」の東京との二拠点生活を開始。2018年スタートアップ支援を目的にスタートアップスクエア(株)設立。著書に「検索せよ、そして動き出せ」「いちばんやさしいWebマネジメント教本」

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